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言いたいことやまやまです

自意識過剰な三十路OLの言いたくても言えないこといろいろ(食ネタ多めで)。

悩むことができる、という幸せ

悲喜こもごも 悲喜こもごも‐考え方

「書くこと」について悩んでいる。きっと永遠の悩みのテーマのひとつなのだけれど、今回は「黒子としてではなく、自分自身(やまま)として求められる存在になるにはどうしたらいいのだろう」がお題だった。何ひとつとして備わっていない専門性、独自性。「ほんの少しでも読む価値のあるもの」にするための工夫と、それによって失われた個性。

yamama48.hatenablog.com

一朝一夕で解決するような問題でもなし、とりあえず動かなければなにも始まらないなということで、新たにいくつかブログを立ち上げた。記事数がすごく少ないので、ちゃんと読み物になるくらいの記事数になったらまたご報告します。

走りながら、考える。走りながらなにかにつまづいて、イケメン(新しい出会い)に手を差し伸べられる展開になりますように。「努力は必ず報われる」(高橋みなみ)とは思わないけれど、「努力しなきゃなにも手繰り寄せられない」と思うので。

ひとまずこのブログは、周囲の目に敏感になりすぎることなく、自由な実験の場、ネタ帳的に使ってみようと思います。今まで以上に何の価値もない記事の集積場となることでしょう。読者登録解除は、いまのうちです…あ、うそ、できればいかないで…!

趣味のことでこんなに悩んだことはなかった

連休中もひたすら悩んでいたが、こんなにも趣味のことで悩んだことって、なかった。

悩むのが生きがいのような側面があるので、悩まない日なんて一日たりともないのだが、そのほとんどは自分の人生、性格、仕事のことだった。

就職してからは、悩みの種はほとんど仕事だった…と書きながら、心のなかの自分がセルフツッコミ。「悩む余裕もなかったじゃないか」って。

日々の仕事、暮らしのなかで切羽詰まる事態に陥ったとき、その対処のために寝食を忘れてしまった経験はないだろうか。いつもなら昼11時ごろにはお腹がグーグー鳴ってしまうのに、懸命に目の前の仕事を処理していたら、気づけばもう14時、みたいな。

新卒で入った広告制作会社での数年間は、毎日がまさにそんなかんじだった。どうしたらいい企画になるか、どうしたらおもしろいアイデアになるか、どうしたら企画書の構成がもっと伝わるものになるか、ほかにもいろいろ、仕事のことばかり考えていたから、「私らしい文章とはなんだろうか…」なんて悩む余裕はなかったのだ。脳みそにだって容量というものはある。

その次に世話になった会社では、人間関係に悩んだ。夢にまで上司が出てくることがしょっちゅうあった。どうしたら怒られないか、嫌われないか、そんなことばかり考えていたから…以下略。

悩めるって幸せなことだよなあ

それがいま、こんなにも「書くこと」について悩めているのだ。脳みその容量に、十分な空きがあるということ。この空き容量をつくってくれているのは、家族であり、交際相手であり、友人、大好きな人たち、そしていまお世話になっている会社。

会社なんて毎日行くところだし、お給料をいただく以上は汗もかく。当たり前のことなのに、それが習慣化すると飽きが出たり不満が出たりする。つくづく人間はわがままな生き物だ。「悩みを家に持ち帰らずに済む職場」であるというのに!

こんなにすばらしい職場があるだろうか。このご縁を引き寄せた私は、本当に幸せ者だと思う。数回の転職を経ているから、よけいにそう思う。求人票や面接じゃ、会社の中身は見抜ききれない(逆もしかりで、私を雇って損したと思った会社もあったろうが)。運、ご縁としか言いようがない。

なのに毎日通うなかでそのありがたさが「空気化」して、さも当然の権利のように、雑に扱ってしまっていた。それが恥ずかしい。

自意識過剰で自己中心的で、お世辞にも付き合いやすいとは言えない私を、いまの会社、同僚が受け入れてくれていること。私が「書く仕事」に携わりたいことを知ってくれて、応援してくれる上司がいること。書きながら、いま、ぐっときてる…。部長、本当にありがとうございます…!

そして、ブログやSNSを通じてコメントをくださった方、気にしてくださった方、時間を作ってくださった方がいらっしゃるという奇跡。赤の他人、なんなら会ったこともないという人もたくさんいるのに、気にかけてくださったなんて、なんか、すごいなあ。お一人お一人の考え方に刺激を受けました。つくづく、ありがたい。

趣味について悩めるというのは、いま自分が幸せであることの証なんだな、と思った10月の連休でありました。

ありがとう

ありがとう