言いたいことやまやまです

自意識過剰なアラサーOLの言いたくても言えないこといろいろ(食ネタ多めで)。

Authur:やまま (id:yamama48)
1985年生まれの銀座OLです。揚げ物・おから・喫茶アメリカンが好きです。ぐるなびさんの「みんなのごはん」でたまに記事書かせていただいています。 食に限らず体験レポート系記事作成のお問い合わせは下記アドレス宛にお願いいたします。

恩着せがましく振る舞ってみる

喫茶店ルノアールのモーニングセットの素晴らしさについては過日ご紹介したとおりだが、「締めの1杯」に心惹かれる方も多いのではないだろうか。当然ながらラーメンではなく「緑茶」のことである。

こちらがお願いせずとも、ちょうど食事が終了したかな、ある程度ドリンクを飲み終えたところかな、というタイミングでそっと置かれるこの緑茶。この湯呑みから醸し出される「どうぞごゆっくり」のメッセージの温かさたるや。

お茶が「サービス」だと言われた瞬間のモンヤリ

ルノアールのモーニングBセットはお値段120円!ふわっふわフォカッチャとゆで卵で満足度高し」にてご紹介したモーニングBセット注文時のこと。

その日のホール担当はアルバイトの女性スタッフさんで、ひとしきり食事を終えたところでいつものようにお茶を持ってきてくれた。

 

「こちら、“サービスのお茶です」

 

気持ちがモヤっとする……そしてその正体を私は知っている……知っているが自分が嫌になるので目をつぶろうとしている……でも言っちゃう。

お茶が置かれた刹那、我が心に浮かび上がった言葉は

「恩着せがましいな」

だったのであります。ひねくれた解釈をする自分が本当に嫌になるな……。

「サービス」を明言するのは大事なことだ。ホテルの冷蔵庫のなかにトラップとして仕込まれた缶ビールよろしく、手を付けたら最後「お代いただきまーす」の可能性だってある(大事な流通経路なのにこんな書き方してスイマセン…)。

ルノアールに限らずいつでもどこでも、この罠が張り巡らされている。したがって、「サービスです」のひと言は「ここは安全地帯よ」の証。喜びこそすれ、恨みの気持ちなど抱くはずがないのだ。

されどルノアールで湧き上がったこの感情は何ゆえか。

少なくともいつも世話になっているルノアールの店舗においては、何も言わずともそっとお茶が置かれるのが「当然の流れ」で、意識することなくその恩恵に浴すのもまた当然のことだったのだ。それが突然言語化されると、「気付けよ」というメッセージなのではないかと捉えてしまう。

「これは……“いつもタダで提供しているのを当たり前だと思いなさるなよ、本来ならばお代をいただいてもいいところ、特別に!無料にて!提供しているのだ、ありがたかろう!”……という意味なのではないか……」

瞬時にそんなことを(勝手に)考えてしまい、(勝手に)手のひら返しをされた心地がして、(勝手に)モヤモヤしたのだ。自分勝手極まりない。

 

そういえば、見積書・請求書にある「出精値引き」という言葉も新人OLにとっては衝撃だった。いいじゃん「値引き」だけで!「出精」ってなんだよ!「仕方がないからやってやってる」感が出て不快だよ!!なんて思っていたっけ。

その2文字には「特別プランですよ」の意味くらいしかなく、深いメッセージなんて込められていないのにね……面倒くさい新人だなあ。だけど、いまでもやっぱり自分で見積書を作るときに「出精」の言葉は使わない。

「恩着せがましさが不快」な自分を卒業したい

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毎週愛聴しているPodcast「心屋仁之助のホントの自分を見つけるラジオ」で学んだことのひとつに「苛立ち≒嫉妬心」というものがある。

「SNSで自撮り写真をUPしている女がムカつく」のであれば、その気持ちは「本当は自撮り写真をUPしたいけれど、我慢している自分」の表れであり、苛立つ気持ちを言語化すると「私は我慢しているのに、あなたときたら!プンプン」となる。

この流れに乗ると、「恩着せがましさを感じるとイライラする」のは、「本当は私もいろんな人にありがとうって言われたいけれど、言われなくても我慢してがんばっているの!それなのにあなたときたら!プンプン」ということなのかなあ。

ひとりで夫婦喧嘩をしているみたいで、ちょっとおもしろい。

パパが、ママの仕事だと思い込んでいる一連の家事。ママにはありがとうと言わないくせに、たまに自分がやると、さもお礼を言えといわんばかりに「俺がやったんだ」と主張する。ママ、ブチ切れる。

日本には「以心伝心」なる四文字熟語があるように、「言わずともわかる」「言動の裏を読んで推測する」のをよしとする傾向がある。京都で渋い茶を出されたら帰れの合図とか、そういうやつだ。教育のシーンでも「そんなこと、言わなくてもできるようになりなさい」なんてお叱りの言葉があったりする。

でも、言わなきゃわかんないよなあ。

そこで、「恩着せがましい!」というイライラを払拭するために、自ら恩着せがましくなってみることにした。「ミイラとりがミイラになる」ってこういうこと?このことわざを使うチャンスが欲しいのになかなか遭遇できないからぶち込んでみました。

それはさておき、恩着せがましい振る舞いをする「恩着せが魔人(おんきせがまじん)」になるプロジェクトが始動。「これ、やっておいたよ。ほめて!」……といった具合で、まあ、うざいです。

同居人はかわいそうに、私の恩着せがましい言動に付き合わされている。「洗い物をしたよ、偉いよね」「洗濯物をがんばったよ」……魔人、怒涛の攻撃。都度「えらいね」「ありがとう」と返してくれるのは、思いのほかうれしいものです。ありがたい。

おもしろいのは、こちらもこちらで、相手が何かしてくれたことを見つけて「これをやっておいてくれてありがとう」と口にするようになったこと。どんなに想っていたって、やっぱり言葉にしなきゃ伝わらないよな。 

ルノアールの”サービスの”お茶を試金石に、恩着せがましさを勝手に感じ取ってイライラする自分を卒業していけたらいいな。眉間にしわを寄せるたびに身体が老けるのでね!