言いたいことやまやまです

自意識過剰なアラサーOLの言いたくても言えないこといろいろ(食ネタ多めで)。

「機動戦士Vガンダム」は「女のガンダム」だ ー カテ公を他人事とは思えない

ガンダムで育った世代でもなし、詳しいわけでもなし…ガンダム文化に無知な者が語るのは勇気の要ることなのだけれど、Amazon Primeでふとしたことから視聴していた「機動戦士Vガンダム」を観終えたのでメモ。

ネタバレあります。

『機動戦士Vガンダム』(きどうせんしヴィクトリーガンダム、英題: MOBILE SUIT VICTORY GUNDAM)は、サンライズ制作のテレビアニメであり、『ガンダムシリーズ』の1つ。1993年(平成5年)4月2日から1994年(平成6年)3月25日まで全51話がテレビ朝日系列で毎週金曜日17時00分 - 17時30分に放送された。「Vガンダム」、「Vガン」と略される。平均視聴率は3.92%。

機動戦士Vガンダム - Wikipedia

金曜の夕方に放送されていた、かわいらしい少年少女たちが活躍するガンダム…という外見情報とは裏腹に、とにかく多くのキャラクターが戦死し、ショッキングな描写もある作品だということはうっすら知っていた。

戦争のなかにある死という日常、象徴的な「ギロチン」、宗教と信仰など、描かれるものはどれも深いテーマで、一度見たきりでは噛みしめきれていないというのが率直なところ。でも、女性にこそ観てほしいガンダムである気がする。

 

女のガンダム

主要人物の多くが女性であり、自らモビルスーツに乗り込んで戦場に出る。とかく印象的だったのはカテジナ・ルース、ルぺ・シノ、ファラ・グリフォンの3名か。

 

カテジナ・ルース

「主人公の憧れのお姉さん」として登場したにもかかわらず、回を重ねるごとに敵へと近づき、割と早い段階で敵の思想に感化され、最終的にはラスボス化。

私はファラ・グリフォンが好きだったのでカテジナさんのことはあまり注視していなかったのだけれど、やはりクライマックスは胸に刺さるものがあった。

途中から彼女はウッソやシャクティに(一方的に)憎しみを抱くようになっていくが、たびたび「私をバカにして!」といった言葉を叫んでいたことが印象的だった。

美人で頭がいいカテジナさん。人が羨むものをたくさん持っているというのに、セルフイメージが低い子だった。相対的にしか、自分の価値を認識することができない。誰かを貶めることで「上位にいる自分」に安堵する。カテジナ同様(別の狂い方をしていた)美しく頭のいい女性幹部ルぺ・シノを「ルペ・シノのオバサン」とひそかに呼んでいたのも、「蔑視の言葉」は己の存在価値を実感するための装置だったからだ。私のほうが若い、美しい、だからあいつより価値がある!

そしてたぶん、自分がそういう価値観で生きていることをわかっている。

ウッソとシャクティに何かされたわけでもないのに憎いのは、絶対的な価値観で生きていく彼らの姿がまぶしくて羨ましいからだ。だから「私をバカにしやがって」と(一方的に)思い込み、憎しみを増す。2人のことを考えると、自動的に憎しみが増幅していくシステム。

最終回か、その1話前だったか、エンジェル・ハイロゥでの最終戦での「クロノクルは私に優しくしてくれたんだ!」という言葉には、彼女の脆さが詰まっていた。自分が相手を愛しているかどうかではなく、「相手が自分を求めているかどうか」。

ウッソとクロノクルが戦う姿を見つめ「勝った方を全身全霊かけて愛してあげる」とい笑ったカテジナは、エクスタシー状態にあったはずだ。2人の男が自分を求めて戦うというシチュエーションは、「私という女には価値がある」という自尊心をくすぐりすぎている。結局彼女が愛していたのは自分であり、2人のことをそれ以上に愛してはいなかったのだ(ウッソはそんな彼女のことなど愛していなかったろう…カテジナは自意識過剰な女の姿が第三者からどう見えるか、ということも見せつけてくれた)。

 

ルペ・シノ

幹部ピピニーデン隊の副隊長である彼女は美しく聡明、ピピニーデンをも虜にしていたが、その関心はニュータイプであるウッソにしか注がれていなかった。

それはそれは執拗に、ときに裸体になって胸を押し付けながらウッソを手中に収めようとする彼女の姿は、「出来のいい息子が欲しい女」を思い出させた。息子は欲しいが配偶者はいらぬ。生みの苦しみ、育ての苦しみを経ることなく「”私という存在を輝かせる”優秀な息子」が欲しい!

ウッソへの所有欲をむきだしにしてぶつかり、「お母さんをやりたければ、自分で子どもを産んでください!」というもっともな台詞とともに討たれたルペ・シノ。

されど最後の気力(その時点ではすでに戦死していた)で隊長・ピピニーデンのマシンに取りつき、ウッソに「つまらない男を相手にすることはない」という言葉を残して無理心中を図ったのは、彼女のなかに残されていた母性の表れだったのか。

ピピニーデン(つまらない男)はまさに「いまから出撃せんとす!」状態であったので、それはもう哀れであった。観ながら「えー!」と言ってしまったシーンのひとつ。

 

ファラ・グリフォン

序盤から登場する敵幹部。折笠愛さんの声が最高に美しく、ファラのもつ女性性が際立たされていたように思う。私が知っている折笠さんといえば「世界名作劇場」の『ロミオの青い空』のロミオ少年の声だったものだから驚いた。

鞭をぶんぶん振りながら強い言葉で部下を指揮する姿ばかりが映し出されていたが、ギロチンの姿に胸を痛めたり、カフェでウッソたちに奢ったりする回があり、それがとてもよかったな。

信頼していた(かどうかはわからないけど)上司(タシロ)から冷徹に宇宙漂流の刑を言い渡されたときの恐怖で震える様子、そして戦艦から射出されるときの「クソォォォォォ!」という叫びはとても切なかった。彼女は彼女なりの最善を尽くしたのに、がんばったのに…一途にキャリアを重ねてきた女性が突如梯子を外される瞬間とはこういうものなのだろうか。

終盤の復帰後は、常に高笑いをしている狂気に満ちた女性になってしまったが、そりゃ頭のネジの1本や2本、飛んでしまうだろうよと同情する。突如登場したキスハールとカリンガーなる恋人たちを相討ちにさせるよう仕向けたのも、なんとなく気持ちがわかる。ピュアな愛情が憎たらしくもなろう。

 

名シーンが数えきれない

観ながらいろんなことを思ったはずなのに、ギロチンシーンやウッソの「母さんです」などの印象が強すぎて、細かな記憶が飛んでいるのが悔しい。1話観るごとに感想をメモしておけばよかったな。

そんななかでも放送話数として最も印象に残っているのは38話の「北海を炎にそめて」。ぶっちぎり1位。

少ないながらもいくつかガンダムシリーズを観てきたが、まさか初登場から戦死するまでの間、ひたすらに「俺はバイクが好きだ」「地上をバイク乗りの天国に」と言い続けた男はVガンダムのイク少佐以外知らん!愛するレンダさんとともに散ったあと、ふたり(の霊)が2ケツバイクで夢の「八角形の丸太小屋」に向かっていく様子が描かれたのはなぜだったのか。八角形に、なにか隠された意味があるのか?メッセージを受け止めきれないと、人は笑うものなのだと身をもって知った。

ちなみにこのエピソード、私の好きなオデロの少年ぽさが全開になっていたのもよかった。憧れのエリシャさんと恋仲になる姿、キュンキュンさせてもらいました。オデロは本当にいい奴、ああいう兄貴が欲しかった。そしてクロノクル、いまいち存在感に欠けていたけれど声のイケメンぶりは群を抜いていた。

もろもろ記憶が断片的なので、小説版で復習の予定です。