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言いたいことやまやまです

自意識過剰なアラサーOLの言いたくても言えないこといろいろ(食ネタ多めで)。

「当たり棒」への戸惑い

飲んだ帰り道、ファミリーマートのホットスナックコーナーにある「つくね串」を食べながら帰路につくのがお気に入り。これまでは俄然「ファミチキ」だったけれど、私の胃袋も老化したのか、それはちょいとへヴィに感じてしまう。

正式名称「鶏つくね串タレ(なんこつ入り)」

http://www.family.co.jp/goods/ff/chicken/hc0g7400000qn239.html
鶏つくね串タレ(なんこつ入り)|ホットスナック・揚げ物|商品情報|FamilyMart via kwout

 「タレ」と言いつつも表面にそれがかかっているわけではなく、タレ風味としてお肉に練りこまれている。甘たるくなく、それでいてしっかりした味。軟骨のゴリゴリっとした食感もよく、たった100円で「うん、お肉食べたな」という実感がわく食べごたえがすばらしい。

それに、なにより串に刺さっている分食べ歩きしやすい。お行儀悪いことは百も承知、それでもやめられないのが習性というもの…これ、おうちの夜ご飯で正座して食べたら、ここまでおいしくは感じないと思う。

ファミマの串のハッピーシステム

串ものホットスナックといえば、アメリカンドッグにフランクフルト。ファミマでは、これら「串もの3兄弟」にガリガリ君も驚きの「当りくじ」制度を採用しているのだ!知ってました?(※ニュースリリースはこちら

私は今年のくじ運を浅草寺で使い果たしてしまったせいか(”凶”率が異常に高いと言われるなかで”大吉”)、これまでそこそこ、つくね串をひいきにしてきたつもりなのに、一度たりとも当り棒に遭遇したことがなかった。そういえばガリガリ君も当たったためしがないな。

そんなわけなので何の期待をするでもなく、いつもどおりムシャムシャと食べ、ふと手元に残った棒を見れば(当たるはずがないと思っているのに一応見てしまうあたりが、我ながらいじらしい)、

「当り!!ファミマで鶏つくね串もう1本」

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お、おお、当たった!

実際に夜道で「ぉぉ」くらいの声は出した。変質者と呼ばないで。えも言われぬ高揚感に震えてしまう。これが「当り」の感覚。そうだったのか。銀座チャンスセンターに並ぶあの方々はこの感覚を生き甲斐にしているのか!違うかも!

しかし数秒のうちに身体の熱はシュンと冷め、むしろ戸惑いの気持ちに立ちすくんでしまった。当たったことはうれしい、素直に。

しかしこれ………どうしよう?

いまからファミリーマートに引き返してもう1本もらえばいいのだ、が、さすがにもう食べられない。ならば捨てればいいのに、なぜだろう、捨てられない。たかだか100円ほどのお手ごろ商品なのに、100円硬貨よりもどこか愛おしい。誇らしい。

「当り」と老化

悩みながらトボトボ歩いて持ち帰り、ひとまず洗う。捨てるに捨てられず、悩んだ挙句、

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キッチンペーパーに包んでみました。

それからというもの、「謎のキッチンペーパースティック」を持ち歩く日々。そのへんのお守りよりも、よっぽど大事に扱っているかもしれない。

シラフのときにファミリーマートに立ち寄るたび、レジ前のつくね串を見てはバッグの中の「当り棒」の姿が脳裏をかすめるのだけれど、アラサー女がこれをどんな顔で出したらいいのやら。

キッチンペーパーをうやうやしく開封する姿は誰からも見られたくないし、かといっていきなり当り棒だけ出して、店員さんにアミラーゼを纏った棒だと思われるのも嫌だ。

いつものように、宴席の帰り道に「ひとり二次会」的にファミリーマートに立ち寄り、酔いの勢いに任せて当たり棒を出せば万事解決しそうなもの。でも、そういうときに限ってつくねがなかったり、酔いの勢いMAXで、バッグの中の棒の存在を忘れていたりするのだ。

そうこうしているうちに、もう1ヶ月は経っているぞ…。

もはや当たり棒は私の生活のパートナーと化している気がする。当たり棒と対峙した時、喜びの気持ち以上に「お代わりするには胃袋が追いつかない」とか、「後日レジで当たり棒を差し出すのが恥ずかしい」といった気持ちが感じられたら、それは「もう若くない」ことの証なのかもしれない。歳、とったんだな…。もう、チョコボールの銀のエンゼル(金とは言わない)にも喜べないのかな…。

さて、手元に残った当り棒、どうしよう。我につくね神のご加護があらんことを。