言いたいことやまやまです

自意識過剰なアラサーOLの言いたくても言えないこといろいろ(食ネタ多めで)。

【日記】「甘すぎない」の氾濫

「甘すぎない」。

広告コピーや子育てスローガンなどではない。菓子類を楽しむマダムたちの「食レポ常套句」である。

対象物は洋菓子でも和菓子でもいい。なんならセブンティーンアイスなどでもよいのだろう(マダムはきっと食べないだろうが)。彼女たちは「おいしいわネ、甘すぎない」「そうそう、甘すぎない」といった具合で、食べてから数口は「甘すぎない」という言葉だけで会話ができているように思う。「暑い」「寒い」「甘すぎない」。この3つの言葉はオウム返しで会話が持つ。

 

「甘すぎない」という言葉の優れている点は、うまいともまずいとも言っていないのに「甘すぎなくて”おいしい”」という感想として認識されやすいところだと思う。

甘すぎる菓子として思い浮かぶのは、アメリカなどで見かける派手な色合いのグミやキャンディ、クッキーにケーキといったところか。スタバのレジ前で売られているやわらかいクッキーなど、「うおお、甘い」しか感想が思いつかないのだが、それはそれなりに、刺激が欲しい民からの需要があるのだ。私もかつて馬車馬のように働いていたころ、「がっつり甘い」を所望したことがあった。猪木にビンタされたい、というテンションと同じなのかもしれない。

「甘い」は刺激なのだ。となると「甘すぎない」は刺激控えめということであり、翻って「上品な味」という意味合いも帯びてくる気がする。「甘すぎる」が猪木ビンタなら、「甘すぎない」は銀座のクラブのママが「もう、○○さんったら」と言いながら小突く感じか。

なんでそんな例えをしたかって、「このお饅頭、甘すぎなくておいしいわネ」という言葉には「上品な味わいに気付けた私」という誇りも含まれているようにも見えてしまうからだ。私の認識回路がいかれている可能性は、大です。

 

それはさておき、街のマダムはもちろんのこと、TV番組の食レポでも多発している「甘すぎない」。この感想が多すぎて、「甘すぎない」が正義になっている気がする。そもそも菓子を食べるくらいなんだから「甘い」を求めていたはずじゃないのか、おい!

そして「甘すぎない」の守備範囲がずいぶん広がってしまっている。甘すぎないレベル1、レベル2とか、分けないと真の感想がわからない。「甘すぎなくなくない」みたいなことになっていくのか?

 

「甘すぎない」という言葉の曖昧な雰囲気ってずるい。たとえ対象物が「甘い」に所属していたとしても、ひとたび誰かが「甘すぎない」と評すると、「うん、確かに、甘すぎないのかも」と思わせるパワーがある。人も言葉も、思わせぶりな奴は強いよなァ。儂も小悪魔になってみたかったわい。

 

そんなわけで、極力控えようと思っている「甘すぎない」の使用。でももう、「甘すぎない」なしに生きていけなくなっている気がする。語彙拡張工事、がんばります。